6/26(土)16:00〜16:30PMの質疑応答の中から、
母親として私が特に気になったトピックスを抜粋しました。
推定30代の母親からの質問
Q.子どもの時に親がいなかったり、虐待を受けたりという
不幸な経験(disadvantage)をしてきた人はどうすればいいのですか?
ダライ・ラマ法王のお答え
A. 既に愛情が欠落して育ったという因から結果が生じてしまっているので
これをすぐになくすことは難しい。
しかし、
愛というものに、
少しづつ心を慣らして、馴染ませてゆくことで
徐々に変化がもたらされるでしょう。
推定20代後半から30代女性からの質問
Q. 自己否定感が強く、昨今の世相不安から、
子どもを持つことへの不安に苛まれています。
また子孫を残すことについてはどうお考えですか?
ダライ・ラマ法王のお答え
A 第一声は「I don't know…」でした。会場は笑いの渦に巻き込まれました。
そして、
ひとつひとつのものの考え方から訓練してゆき
全ての問題に対処できるよう、心の土台、基本を安定させること。
ゆったりした心を持つ
↓
自分を信じられる
↓
他者を思いやるようになれる
すると
↓
↓
自分に自信がもてるようになる
そうすれば、どのような問題が起きても対処できるはず。
自分の心の基本をしっかりと安定したものに築くと
全ての問題が解決出来るのではないか。
日々の暮らしの中にあるアートを見つけてゆきます
2010年6月27日日曜日
ダライ・ラマ法王 in 横浜 - 第ニ部講演 3) /His Holiness the Dalai Lama's public talk
愛について
本来的な愛→親が子を愛する気持ち、好きな人への気持ち
肉体の愛→執着、偏見
好きな人、優しくしてくれる人には愛と優しさを
好きではない人、関わり無い人には怒り
これでは偏見が根底にある状態
偏見のない愛とは
自分→幸せになりたい、苦しみは望んでいない
↓
↓ 慈悲の心 でおもんぱかる
↓
相手→幸せになりたい、苦しみは望んでいない
「ひとりの人間として、望まぬ苦しみに喘いでいる
と言う点でみな同じである」
ということを理解し、
敵対する相手への怒りを抑えて、慈悲の心を育ててゆく。
相手への愛=究極的には自分への愛(因果応報)
本来的な愛は、偏見のない愛の種である。
偏見のない愛には智慧(知恵)が必要。
本来的な愛→偏見のない愛→非暴力
となるよう、意図的に訓練してゆくことが必要
かつての時代
私たちの国、あの人達の国という境界線(バリア)
→争いがうまれた(戦争)
今は
全ての国が相互関連。
小国と大国が経済面においても、環境面においても
依存し合っている。
↓
世界はひとつ。私たちというグループの中に全ての人が含まれる。
私達=仲間意識 彼ら=距離感を持つ
ひとつの人間家族
この世界全体をひとつと考えることで、全ての人達を
身近な人間として感じることができる。
子どもを育てている人は、
小さい頃からそのような見方をすることを教えよう!
自分の抱えている問題だけに考える
→ 小さな問題に押しつぶされてしまう
他者の抱える問題を考える
→ そのような問題はみんなが抱えているのだと考えることできる
↓
問題を乗り越える力、心の容量(capacity)が生じる
健康について
他者に対する思いやり=利他をなしたい
↓
直接的に良い影響を体にも心にも与えてくれる
健康な体には健康な精神
広い心で他者の為に役立ちたい、と思って実践していると
自然に健康になってゆく
本来的な愛→親が子を愛する気持ち、好きな人への気持ち
肉体の愛→執着、偏見
好きな人、優しくしてくれる人には愛と優しさを
好きではない人、関わり無い人には怒り
これでは偏見が根底にある状態
偏見のない愛とは
自分→幸せになりたい、苦しみは望んでいない
↓
↓ 慈悲の心 でおもんぱかる
↓
相手→幸せになりたい、苦しみは望んでいない
「ひとりの人間として、望まぬ苦しみに喘いでいる
と言う点でみな同じである」
ということを理解し、
敵対する相手への怒りを抑えて、慈悲の心を育ててゆく。
相手への愛=究極的には自分への愛(因果応報)
本来的な愛は、偏見のない愛の種である。
偏見のない愛には智慧(知恵)が必要。
本来的な愛→偏見のない愛→非暴力
となるよう、意図的に訓練してゆくことが必要
かつての時代
私たちの国、あの人達の国という境界線(バリア)
→争いがうまれた(戦争)
今は
全ての国が相互関連。
小国と大国が経済面においても、環境面においても
依存し合っている。
↓
世界はひとつ。私たちというグループの中に全ての人が含まれる。
私達=仲間意識 彼ら=距離感を持つ
ひとつの人間家族
この世界全体をひとつと考えることで、全ての人達を
身近な人間として感じることができる。
子どもを育てている人は、
小さい頃からそのような見方をすることを教えよう!
自分の抱えている問題だけに考える
→ 小さな問題に押しつぶされてしまう
他者の抱える問題を考える
→ そのような問題はみんなが抱えているのだと考えることできる
↓
問題を乗り越える力、心の容量(capacity)が生じる
健康について
他者に対する思いやり=利他をなしたい
↓
直接的に良い影響を体にも心にも与えてくれる
健康な体には健康な精神
広い心で他者の為に役立ちたい、と思って実践していると
自然に健康になってゆく
ダライ・ラマ法王 in 横浜 - 第ニ部講演 2) /His Holiness the Dalai Lama's public talk
愛と思いやりについての方法論には3種類ある
1)神を信じる人々の方法論 − キリスト教など
宗教的信心で愛情を高める
2)無神教の方法論 − 仏教など
因果の報で愛を高める
3)無宗教の人々の方法論
世俗的な倫理観で愛と思いやりを育む
「全ての人は母から生まれてきた存在である」
その点で人は全て平等といえる。
母乳を飲み、母の胸に抱かれることにより人生が始まった。
母の胎に宿ったその瞬間から、母の心からの愛情で大きくなった。
両親の愛情は血のなかに、体のなかに生きて、
それは死ぬまで存在し続けている。
両親からの愛のある子どもは幸せであり、心の平和を持ち、
より快適に生きてゆける
両親からの愛のない子は、猜疑心にさいなまれ、
人を信じることができにくい傾向にある
だから、家庭において、社会において、
より大きな優しさと愛情がたいせつ。
金銭的に裕福に育っても、愛がないと
優しい大人には育たないことが多い。
そして、健康面についても
愛とやさしさにあふれる→免疫力高まる
怒り、不安、恐怖→免疫力の低下
ということが最近の科学的研究でも明らかにされた。
来世に生まれ変わる、解脱、涅槃にいく
そういうことよりも、むしろ
今生を
幸せなひとりの人間として、調和をとり健康に生きてゆく為に
愛と思いやりが大切
***愛についてはNo.3につづきます
1)神を信じる人々の方法論 − キリスト教など
宗教的信心で愛情を高める
2)無神教の方法論 − 仏教など
因果の報で愛を高める
3)無宗教の人々の方法論
世俗的な倫理観で愛と思いやりを育む
「全ての人は母から生まれてきた存在である」
その点で人は全て平等といえる。
母乳を飲み、母の胸に抱かれることにより人生が始まった。
母の胎に宿ったその瞬間から、母の心からの愛情で大きくなった。
両親の愛情は血のなかに、体のなかに生きて、
それは死ぬまで存在し続けている。
両親からの愛のある子どもは幸せであり、心の平和を持ち、
より快適に生きてゆける
両親からの愛のない子は、猜疑心にさいなまれ、
人を信じることができにくい傾向にある
だから、家庭において、社会において、
より大きな優しさと愛情がたいせつ。
金銭的に裕福に育っても、愛がないと
優しい大人には育たないことが多い。
そして、健康面についても
愛とやさしさにあふれる→免疫力高まる
怒り、不安、恐怖→免疫力の低下
ということが最近の科学的研究でも明らかにされた。
来世に生まれ変わる、解脱、涅槃にいく
そういうことよりも、むしろ
今生を
幸せなひとりの人間として、調和をとり健康に生きてゆく為に
愛と思いやりが大切
***愛についてはNo.3につづきます
ダライ・ラマ法王 in 横浜 - 第ニ部講演1) /His Holiness the Dalai Lama's public talk
6/26(土)14:00〜16:00PM パシフィコ横浜にて
ダライ・ラマ法王の講話がありました。
第二部の講話は「幸せの本質〜共生と共存の未来へ向けて」でした。
前世紀、20世紀は科学技術により、
物質的側面から人類が飛躍的な繁栄を遂げた時代。
今世紀、21世紀、
金銭的には裕福でも心の貧しい人が大勢いる時代。
物質的な設備は整っていても、
肉体や精神的な悩みがあり、
それは物質面だけでは究極的に解決できない、
と多くの人が分かりはじめたのが今世紀でもある。
しかし、法王は極めて楽観的である。
なぜなら、まだ21世紀が始まって10年であり、
これからあと90年も残っているからである。
平和な社会、より建設的な社会の設立へ望みをかけている。
大切なのはお金よりも、
心の平安(peace of mind)であり、
もっと平和で思いやりに満ちた社会にしてゆけるという
希望的観測を抱いている。
( We can reach more peaceful compassion society)
その為に必要なこと
正直であること、真実を語ること
↓
周囲の人が信じてくれる
↓
家庭の調和
↓
社会の調和
↓
世界の平和
↓
幸せ
愛と思いやりの心が最も大切である。
(Love and compassion )
愛を育むことと、周りに優しくすることは必要不可欠である。
**愛と思いやりの詳細については、No.2)につづきます。
ダライ・ラマ法王の講話がありました。
第二部の講話は「幸せの本質〜共生と共存の未来へ向けて」でした。
前世紀、20世紀は科学技術により、
物質的側面から人類が飛躍的な繁栄を遂げた時代。
今世紀、21世紀、
金銭的には裕福でも心の貧しい人が大勢いる時代。
物質的な設備は整っていても、
肉体や精神的な悩みがあり、
それは物質面だけでは究極的に解決できない、
と多くの人が分かりはじめたのが今世紀でもある。
しかし、法王は極めて楽観的である。
なぜなら、まだ21世紀が始まって10年であり、
これからあと90年も残っているからである。
平和な社会、より建設的な社会の設立へ望みをかけている。
大切なのはお金よりも、
心の平安(peace of mind)であり、
もっと平和で思いやりに満ちた社会にしてゆけるという
希望的観測を抱いている。
( We can reach more peaceful compassion society)
その為に必要なこと
正直であること、真実を語ること
↓
周囲の人が信じてくれる
↓
家庭の調和
↓
社会の調和
↓
世界の平和
↓
幸せ
愛と思いやりの心が最も大切である。
(Love and compassion )
愛を育むことと、周りに優しくすることは必要不可欠である。
**愛と思いやりの詳細については、No.2)につづきます。
ダライ・ラマ法王 in 横浜 - 第一部法話 /His Holiness the Dalai Lama's Public teaching
6/26(土)10:00〜12:00
パシフィコ横浜にてダライ・ラマ14世の法話が行われました。
法話は縁起賛と発菩提心についてという内容でした。
チベット仏教や仏教の教えに造詣の深くない私なりに
法話のポイントを箇条書きにしておきます。
*****************************
無明(むみょう)とは無知のことであり、
即ち、苦しみの因を知らずどんどん新たな苦しみを作り出すこと。
だから望んでいるのに幸せを得られずにいる。
無明(無知)には2種類ある
1)因果の報を正しく理解していない
2)究極的なものの有り様を理解していない
世の中はみなすべて、他のもの(他者)に依存している
即ち、
独立した哀しみそのもの、幸せそのものは存在しない。
縁起とは
1)結果は原因に依存しているという因果の報
2)全てのものは他のものに依存している
即ち、幸せになれるようにと祈るだけでは幸せになれない。
縁起の教えを理解すると苦しみの因を捨てることが出来る。
因は結果に依存し、また結果は因に依存する。
結果に依存して、因が因として存在するのである。
全体は部分に、また、部分も全体に依存する。
悟りとは智慧の完成、
即ち、究極の利他心(りたしん)のよって支えられた菩提心
世俗的な苦しみは現存するが、究極的な意味では
実体を持った苦しみそのものというのは存在しない。
幸せとは、
まず他者を助ける→他者が幸せな気持ちになる→自分自身が幸せになる
というようなものである。
それが即ち、利他心である
究極の利他心は無限の利他心であり、
大いなる慈悲の心が菩提心である。
*******************************
パシフィコ横浜にてダライ・ラマ14世の法話が行われました。
法話は縁起賛と発菩提心についてという内容でした。
私なりの解釈ですが、
「全てのものは互いに依存し合って存在しているため、
まず、他者を助ける、そのことで他者が幸せになり、
さらに自分も幸せになるという利他心こそが大切である。」
というのが法話の主眼だったように思います。
チベット仏教や仏教の教えに造詣の深くない私なりに
法話のポイントを箇条書きにしておきます。
*****************************
無明(むみょう)とは無知のことであり、
即ち、苦しみの因を知らずどんどん新たな苦しみを作り出すこと。
だから望んでいるのに幸せを得られずにいる。
無明(無知)には2種類ある
1)因果の報を正しく理解していない
2)究極的なものの有り様を理解していない
世の中はみなすべて、他のもの(他者)に依存している
即ち、
独立した哀しみそのもの、幸せそのものは存在しない。
縁起とは
1)結果は原因に依存しているという因果の報
2)全てのものは他のものに依存している
即ち、幸せになれるようにと祈るだけでは幸せになれない。
縁起の教えを理解すると苦しみの因を捨てることが出来る。
因は結果に依存し、また結果は因に依存する。
結果に依存して、因が因として存在するのである。
全体は部分に、また、部分も全体に依存する。
悟りとは智慧の完成、
即ち、究極の利他心(りたしん)のよって支えられた菩提心
世俗的な苦しみは現存するが、究極的な意味では
実体を持った苦しみそのものというのは存在しない。
幸せとは、
まず他者を助ける→他者が幸せな気持ちになる→自分自身が幸せになる
というようなものである。
それが即ち、利他心である
究極の利他心は無限の利他心であり、
大いなる慈悲の心が菩提心である。
*******************************
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自己紹介
- Tamami
- Yokohama, Japan
- まいにちの普通の暮らしの中に アートがいっぱいあるとおもう。 子どもの描く絵だったり、 空や樹々、花がきれいだったり。 ありがとうの言葉と心を大切に、 日常を大切にして楽しんでゆきたいな。 まいにちの暮らしの中でみんなが笑顔になるといいな。 I think our daliy life is full of Art. Hope everyone will be smiling and happy everyday! My favorite words are " Thank you ".